介護DX導入を成功させる秘訣──経営層の関わり方、補助金の逆算、そして次の挑戦「生成AI」
同じICTツールを入れても、うまく回る施設と、入れただけで終わってしまう施設があります。その差はどこにあるのか——。全国トップレベルのICT活用を実現し、内閣総理大臣表彰まで受けたこの施設への取材で、施設長が繰り返し口にしたのが「経営層の関わり方」でした。
最終回となる第3回は、導入を成功させるための実践知を、施設長との対話(Q&A)から紐解きます。現場との進め方、補助金の使い方、そして「次の挑戦」まで。どれも特別な裏ワザではありませんが、そのまま真似できる具体性があります(全3回/第3回)。
目次
- 「経営層だけでもダメ、現場だけでもダメ」
- 何から始める?——すべては「課題ファースト」
- もう1つの決め手は「スピード」
- 補助金は「逆算」して準備する
- 入れて終わりにしない——「使いこなす」まで支援する
- 小さく始めて全職員へ——グループウェアの実例
- 主役の交代——施設長から「ICT推進会」へ
- 次の挑戦は「生成AI」
- まとめ:介護DXの本質は「進め方」にある
1. 「経営層だけでもダメ、現場だけでもダメ」
業務改善というと、リーダー格の職員に旗振りを任せ、経営層は決裁のときだけ関わる——そんな進め方をよく見かけます。しかし、施設長の考えは違います。「経営層が現場に出て、一緒に同じ目線で考えることが大事」だと言い切ります。
理由はこうです。経営層だけで進めると、現場には「やらされ感」が生まれます。どれだけ良い機器を補助金で導入しても、「上から押し付けられた」と受け取られてしまう。逆に現場だけに任せれば、良い提案が上がってきても「予算がない」の一言で止まってしまう。だからこそ、一緒に現場を見て、一緒に課題を共有し、一緒に解決策を考える。この「一緒に」が抜けたとき、改革はたいていどこかで頓挫します。
2. 何から始める?——すべては「課題ファースト」
「では、何から手をつければいいのか」。この問いへの答えは、いたってシンプルです。まず現場の課題を把握すること——それに尽きます。
「課題」というと構えてしまいますが、要は「何に困っているか」「何に一番時間がかかっているか」「何を煩わしいと感じているか」を聞くだけ。施設長のやり方も素朴です。時間を見つけては現場を歩き回り、「これ、こうしたらもっと良くなるんじゃない?」と声をかける。すると職員のほうから「実は、もっと困っていることがあって……」と本音がこぼれてきます。課題さえ見えれば、あとは解決策を一緒に考えればいい、というわけです。
この順番を逆にすると、うまくいきません。課題もないところに良さそうな機器をいきなり渡しても、「自分たちの仕事の邪魔になるのでは」と警戒されるだけ。順番は必ず「課題から」です。これは、第2回で語られた「機器より先に、課題から始める」とも一貫しています。
3. もう1つの決め手は「スピード」
課題ファーストと並ぶもう1つの決め手が、スピードです。職員から「こんな機器が欲しい」「ここをこう変えてほしい」と声が上がったら、可能な限りすぐに動く。
「そのうちに」と先延ばしにすれば、職員は「言っても無駄なのか」と感じ、やがて声を上げなくなってしまいます。反対に、現場に足を運び、すぐ動いてくれるという姿勢そのものが、職場の空気を少しずつ変えていく。ICTの技術論に入る手前に、こうした「声が上がり続ける関係づくり」がある。施設長がこの点を繰り返し強調するのも、そのためです。
4. 補助金は「逆算」して準備する
介護業界では、機器導入に補助金の活用が前提になることが多く、どうしても申請時期に振り回されがちです。そこで施設長が勧めるのが、「逆算」という考え方です。
申請時期が来てから慌てて機器を探すのではなく、半年前からお試しを始めておき、時期が来たら準備万端で申請する。「申請間近になって、良さそうな機器を試しもせずに導入前提で進め、いざ入れたら現場に合わなかった」——そんな典型的な失敗を避けるための順番です。
後押しとなる予算も動いています。直近の補正予算は、介護分野で220億円規模(前年度は200億円)。来年度も各都道府県で予算が組まれる見込みで、事前に試して見極めておくことの重要性は、ますます高まっています。
5. 入れて終わりにしない——「使いこなす」まで支援する
見守りセンサーは、導入して設置したら終わり、ではありません。施設長が例に挙げるのが、メーカー(パラマウントベッド)が提供する「PBメソッド」という取り組みです。
経験豊富な看護師が使い方を教え、施設どうしで入居者の睡眠データを見ながら「この方ならアラームは遅めに」「リスクの高い方は早めに」と助言し合う。そうやって、睡眠の改善や健康の保持につなげていきます。「最適化して使わなければ、本当の業務改善は実現できない」。導入したあと、どう使いこなすかまでを設計に含めているのが、この施設の強みです。
6. 小さく始めて全職員へ——グループウェアの実例
「導入したのに、誰も使ってくれない」。グループウェア(社内SNS)にありがちな躓きです。これをどう乗り越えたのか、同法人の実例が参考になります。
グループウェアを導入したのは平成22年と、かなり早い時期でした。きっかけは、施設長から職員への連絡が、申し送りではうまく伝わらなかったこと。まずは役職者20人ほどにIDを付与し、「重要な連絡はこれで発信する」と運用を始めました。そこから順に対象を広げ、今では全職員が使い、連絡・会議・記録・規則の共有までここに集約されています。スモールスタートの好例です。第2回で語られた音声入力の広げ方(1ユニットから始め、法人全体へ)とも、まったく同じ発想でした。
7. 主役の交代——施設長から「ICT推進会」へ
こうした改革を最初に主導していたのは、施設長自身でした。しかし、今は様子が変わっています。法人内に「ICT推進会」が立ち上がり、「これを入れたい」という提案が、現場の側から上がってくるようになりました。
トップダウンで始まった改革が、ボトムアップへと軸足を移している。改革の担い手が現場に育ち、旗を振る人が入れ替わっていく——これは、DXが一過性のイベントに終わらず、組織の文化として根づいたことの、何よりの証拠だといえます。
8. 次の挑戦は「生成AI」
そして、次の挑戦として語られたのが生成AIの本格導入です。1月から、まず20人ほどにライセンスを付与し、試行を始める予定だといいます。
「どんな場面で、どう使えば効果が出るのか、生産性が上がるのかを見極めて、3か月後をめどに法人内で活用事例を共有していく」。ここでも貫かれているのは、スモールスタート → 事例共有 → 横展開という、これまでとまったく同じ進め方です。新しい技術に飛びつくのでも、恐れて遠ざけるのでもなく、いつもの型で着実に取り込んでいく。その一貫性が、強く印象に残ります。
まとめ:介護DXの本質は「進め方」にある
経営層が現場に出る。課題から始める。スピード感をもって動く。補助金は逆算して備える。小さく始めて広げる。導入後も、使いこなせるまで支える。そして、新しい技術にも臆さず挑む——。
こうして並べてみると、どれも特別な裏ワザではありません。けれど、経営者自らが現場に関わり、これらを一貫してやり切ってきたこと。それが、全国トップレベルのICT活用と、人が集まる職場づくりにつながっています。介護DXの本質は、テクノロジーそのものではなく、その進め方にある——3回にわたる取材が、そう教えてくれました。
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本記事は、インタビュー動画をもとに構成・編集したものです。