記録時間が33分→17分に半減。音声入力・インカム・眠りスキャンで現場を変えた介護施設の具体策
介護現場のICT化と聞くと、まず「どんな機器を入れるか」を考えがちです。けれど全国トップレベルのICT活用を実現したこの施設の話を聞くと、順序が逆だと気づかされます。一番効いたのは、最新の機器そのものではなく、「現場で本当に使われる入れ方」をしたことでした。
その象徴が、記録の音声入力です。介護職員1人あたりの記録時間は1日33分から17分へ半減。それでいて記録の文字量は減るどころか3〜4倍に増えました。第2回となる今回は、何を、なぜ、どう入れたのか——再現できる形で紐解いていきます(全3回/第2回)。
目次
- 記録の音声入力が、現場を一番変えた
- 「入れたのに使われない」をゼロにした、3つのルール
- そろえた道具と、現場で出た成果
- 「お金がない」の壁は、補助金と加算で越えられる
- まとめ:行き着いた先は「人が集まる施設」だった
1. 記録の音声入力が、現場を一番変えた
数あるICT施策のなかで、施設長が「最も成果が大きかった」と振り返るのが記録の音声入力です。かつては介護記録といえば、職員詰所のパソコンまで足を運び、キーボードを叩いて入力するもの。それが、骨伝導インカムに向かって話すだけで記録が残るようになりました。
変化は数字にはっきり表れています。
- 記録にかかる時間:介護職員1人あたり1日33分 → 17分(約半分)
- 記録の文字量:導入前 約6,700文字 → 2か月後に約13,000文字(倍増)、慣れた現在は3〜4倍
- 浮いた時間の使い道:食事介助、排泄ケアなど、介護士本来の業務へ
両手がふさがらないので、何かをしながらでも記録できる。記録のために移動する必要もない。時間は半分なのに、記録はむしろ厚くなる——この逆転が起きたのが大きなポイントです。眠りスキャンで得た睡眠データをケアに活かすなど、記録の「量」だけでなく「質」の向上にもつながっています。
意外だったのは、推進役になったのが50代後半〜60代前半のベテラン職員だったこと。キーボードを人差し指で苦労して打っていた層こそ、「話すだけで記録になる」恩恵が一番大きかったのです。彼女たちが「これは楽」と若手にも勧め、施設全体へ一気に広がりました。「日常会話はできるが読み書きは苦手」という外国人職員とも相性がよく、これまで日本人の先輩が聞き取ってメモし、後でパソコンに打ち込んでいた負担も軽くなったといいます。
2. 「入れたのに使われない」をゼロにした、3つのルール
音声入力がここまで定着したのは、機器が優れていたからだけではありません。施設長には、新しいものを導入するときに必ず守る順番があります。「入れたけれど結局使われていない機器は、うちにはほぼゼロです」と言い切れるのには理由がありました。
- 機器より先に、課題から始める。3M(ムリ・ムダ・ムラ)の視点で、経営層と現場が一緒になって「何に一番困っているか」「何に時間を取られているか」を洗い出す。良さそうな機器を先に渡しても、課題と結びついていなければ現場には「邪魔」にしか映りません。
- 必ず「お試し」してから決める。メーカーに頼んで実際に使ってみて、職員の反応を聞いたうえで採用を判断する。見守りセンサーを選んだときも、カメラ系2機種・センサー系1機種を試し、「カメラは監視されているようで落ち着かない」という現場の声を受けてセンサー型の「眠りスキャン」に決めました。試した結果、見送った機器も少なくありません。
- スモールスタートで広げる。まずは1フロア・1ユニットから。実際に使うと運用ルールの変更が必ず出てくるので、それを整えてから法人全体へ展開する。音声入力も29床の小さな施設から始め、法人全体に広げたのは1年半後。その経験があったから、後発の施設はわずか3か月で全員が使いこなせるようになりました。
施設長は、つまずく施設の共通点をこう見ています。「新しいものは、最初は煩わしいだけで時間がかかり、効果が出ない時期が必ずある。そこで諦めてしまう」。だからこそ、半数以上の職員が『良くなった』と実感するところまで伴走できるかが分かれ目になる、と。
3. そろえた道具と、現場で出た成果
音声入力はあくまで成果の一つ。同じ「課題ありき」の発想で、現場のあちこちに具体的な道具が入っています。
- 骨伝導インカム(職員1人1台)──人探しのために始めたインカムは、トランシーバー型からスタートし、雑音や「同時通話できない」不便を経て骨伝導型へ。音声がクリアで複数人が同時に話せ、録音機能もある。この録音を使い、15〜20分かけていた申し送り会議そのものを廃止。そしてこのインカムが、そのまま音声入力の入力装置にもなっています。
- 見守りセンサー「眠りスキャン」(全床)──夜勤職員の負担軽減のために導入。睡眠データはケアの見直しにも活用。
- AI勤務表作成システム──複雑な勤務表づくりを自動化。「IT導入補助金が使えるのに知らない事業所が多い。うまく活用してほしい」と施設長。
- 文書管理ソフト──起案から決裁までの期間が4.8日 → 1.5日に短縮。
- iPhone内線網(オフィスリンク)──職員のiPhoneを内線化し、外線を転送。職員を探し回らずに済み、外出先でも内線が受けられる。
こうした積み重ねの結果を、施設長は「ケアの質の向上、利用者の自立支援、そして業務改善・経営改善のすべてにつながっている」と総括します。
4. 「お金がない」の壁は、補助金と加算で越えられる
「何をするにもお金がかかる」——ICT化をためらう理由の筆頭です。これに対する施設長の答えは明快でした。鍵になるのが、補助金と加算の使いこなしです。
特に勧めるのが、昨年度に新設された生産性向上推進体制加算。上位の(Ⅰ)はやや要件が厳しいものの、(Ⅱ)のハードルは高くありません。「委員会を1つ設置する」「テクノロジーを1つ導入する」の2点だけです。それでも全国老施協の調査では未取得の事業所が6割以上。直近の補正予算では、この加算を取得している事業所に職員1人あたり5,000円が上乗せ支給されることになり、取得の動きはこれから一気に加速すると見ています。
「お金をかけなくてもここまでできる」を体現したのが、昨年事業譲受した施設の事例です。元は医療法人の運営で、譲り受けた当初はWi-Fi環境すらない状態でした。それを——
- 4月に譲受 → 5〜6月でWi-Fiを整備
- 7月に医療系から介護系システム(ケアカルテ)へ切り替え、インカムも配備
- 8月に委員会を設置 → 9月から記録を音声入力に
- 翌年には加算の取得、さらに上位区分への移行まで到達
かかった費用の4分の3を補助金でまかない、手出しは200万円ほど。「そんなにお金をかけなくても、ここまでできる」という言葉に、説得力がこもります。
まとめ:行き着いた先は「人が集まる施設」だった
機器の導入そのものが目的ではありませんでした。課題から始め、お試しで見極め、小さく始めて広げる——その積み重ねが行き着いた先は、意外にも「人材確保」でした。
いまや介護職員の不足感はなし。派遣会社経由・人材紹介会社経由の採用はゼロ、外国人職員もゼロ。新卒は毎年6〜7名が入職します。「少々通勤に時間がかかっても、最先端の設備と良い職場環境で働きたい」——そう言ってもらえる施設になりました。ICTへの投資が、職場の魅力となって人を呼び込む。そんな好循環が生まれています。
「時間とお金は、いつも足りないもの。でも優先度と重要度を考えれば、捻出できる」
元銀行員の施設長らしい、経営の視点が凝縮された一言です。最新の機器を入れること自体より、「何のために、何から始めるか」を見極めること。それが、使われるICT化と使われないICT化を分ける——第2回はそんな現場の知恵を教えてくれました。
▼ 関連記事
- 【第1回】腰痛対策から総理大臣表彰へ──改革の原点
- 【第3回】導入を成功させる秘訣(経営層の関わり方・補助金・生成AIへの挑戦)※近日公開予定
本記事は、インタビュー動画をもとに構成・編集したものです。