元銀行員の施設長が、腰痛対策から始めた介護DXで「総理大臣表彰」へ──改革の原点

職員の腰痛予防——。その一点から始まった改革が、数年で全国トップレベルのICT活用施設を生み、令和5年度には内閣総理大臣表彰にまで到達しました。元銀行員の施設長は、何を考え、どう動いたのか。改革の原点を伺います(全3回/第1回)。

目次

  1. 銀行員30年の経験が、介護の世界に「設備投資」の発想を持ち込んだ
  2. 腰痛予防からDX推進へ──「本当の差別化」を意識したギアチェンジ
  3. リフト・移乗支援ロボットから始まった現場改革
  4. 内閣総理大臣表彰を受賞
  5. ICT利活用は「全国トップレベル」へ
  6. まとめ

1. 銀行員30年の経験が、介護の世界に「設備投資」の発想を持ち込んだ

改革の発想は、介護の外から来ました。地方銀行で30年。数多くの民間企業を見てきた施設長が特養に着任したのは、16年前のことです。

着任して1年。現場の異変に気づきます。腰痛で休む職員、腰を痛めて別業種へ去っていく職員——。当日の朝に「腰が痛いので休ませてほしい」と連絡が入ることも珍しくありませんでした。

銀行員時代に見てきた民間企業では、従業員の安全と効率を守るための設備投資は当たり前。しかも一度きりではなく、3年後・5年後と継続し、必要なら借り入れてでも投資する。その感覚が、介護現場には欠けていました。

そこで施設長は宣言します。「法人を挙げて腰痛予防に取り組む」。リフトや移乗支援ロボットの導入——すべては、ここから始まりました。

2. 腰痛予防からDX推進へ──「本当の差別化」を意識したギアチェンジ

腰痛予防を進めるうち、現場の課題は腰痛だけではないと見えてきます。2019年、法人はICT化・DX推進へと大きく舵を切りました。

背中を押したのは、あるコンサルタントの言葉でした。

「少々の違いでは差別化とは言えない。他の法人が絶対に真似できない、追いつくのに相当の時間と労力を要するレベルの差がなければ、差別化とは呼べない」

この言葉に共感し、職員にも伝わるよう、4つのキーワードを掲げて走り出します。

  1. 職員の腰痛予防対策
  2. DX・ICT化による生産性向上
  3. 法人ブランド力のアップ(何でも積極的にチャレンジする)
  4. 外部への情報発信(マスメディアも含めて積極的に)

背景には、人材難の痛い経験もありました。新施設を開設した際、求人を出しても人が集まらず、定員割れでの開所を余儀なくされたのです。「介護福祉を志す人から“選ばれる”職場にしなければ」。その危機感が、改革を加速させました。

3. リフト・移乗支援ロボットから始まった現場改革

最初の一手は、リフトと移乗支援ロボットでした。なかでも現場で最も活躍しているのが移乗支援ロボット「Hug(ハグ)」。導入当初の5台が、今では15〜16台にまで増えています。

こうした取り組みが評価され、富山県内第1号の腰痛予防対策モデル福祉施設に指定。知事表彰も受賞しました。

4. 内閣総理大臣表彰を受賞

受賞歴が積み重なり、令和5年度、ついに頂点に立ちます。「介護職員の働きやすい職場環境づくり」で特に優れた取り組みとして、内閣総理大臣表彰を受賞。富山県の推薦を受け、当時の岸田総理から表彰状が授与されました。

表彰式の会場は、総理官邸。厳重なセキュリティに包まれた館内の光景は、今も鮮明に記憶に残っているといいます。だからテレビにふと官邸が映ると、あの日のことが蘇るそうです。

「ああ、自分が行ったあの場所だ——そう思いながら見ています」

受賞の理由は2つあると施設長は考えているそうです。ロボット・ICTを効果的に活用して現場の生産性を上げたこと、そして多様な働き方を実現したことです。

5. ICT利活用は「全国トップレベル」へ

舵を切ってから数年。施設長は「ロボット・ICTの利活用は、全国でもトップレベル」と胸を張ります。介護ロボットのポータルサイト掲載のため東京から取材が訪れ、昨年の報酬改定で新設された上位加算も、県内でいち早く算定を始めたのは同法人だけでした。

その実績を背景に、施設長は全国老施協(全国老人福祉施設協議会)のロボット・ICT推進委員会で委員長を務めています。多くの会員施設がDX・ICTを使いこなせず、現場の生産性が昔のまま——その課題感から、業界として調査・情報提供を担う組織として5年前に立ち上げられたものです。

まとめ

出発点は、最新テクノロジーへの憧れではありませんでした。「職員の腰痛」という、現場のごく身近な困りごと。そこに、銀行員30年で培った「継続的に投資して人と効率を守る」という発想が重なったとき、改革は動き出しました。

腰痛予防からDXへ、そして総理大臣表彰へ。その軌跡が示すのは、ICT導入の本質が「テクノロジー」ではなく「経営判断」だということです。

▼ 続編

本記事は、インタビュー動画をもとに構成・編集したものです。